1. 血糖コントロール指標
@ 空腹時血糖値(FPG)
FPGの高値はインスリン抵抗性やインスリン分泌不足が原因と考えられる。
A食後血糖値
食後血糖値は180mg/dl以下が目標であり少なくとも200を超えないようにする必要がある。高値は大血管障害のハイリスクを示す。
C 1日血糖(日内変動:tages)
1日血糖は、各食前・食後と就寝前の計7回の血糖値測定を意味する。血糖値の日内変動を観察することで、インスリン分泌パターンの把握や治療方針決定・変更を検討する手段になる。運動療法の結果として1日血糖の中でも特に食後血糖の変化量や変化率が大きいことから運動療法の効果を食後血糖の変化より観察できる。
D グリコヘモグロビン(HbA??)
グリコヘモグロビンはその採血時より1~2か月前までの平均血糖値を示す指標である。今や血糖コントロールの世界的標準であり、血糖コントロールで最も重要視されている指標である。一般的に、合併症予防のためには6,5%未満にコントロールすることを目標とするが、高齢者では7,0%未満にコントロールすることが合併症の進行抑制の目安とされている。
2、その他のコントロール指標
@体重
肥満はインスリン感受性を低下させインスリン需要量の増加を認めることから、患者の適正体重に改善し維持していかなければならない。また肥満はメタボリックシンドロームを引き起こす基礎をなしている。
A 血圧
血管系疾患のリスクが相乗的に高まることから、血圧管理は厳密に行わなければならない。高血圧合併例の降圧目標は130/85mmHg未満に設定されている。さらに、糖尿病性腎症を合併している場合は125/75mmHg未満と設定されており、腎症の進行予防には血圧管理が極めて重要である。
B 血清脂質
高脂血症は心血管系疾患の主要な危険因子であり、糖尿病があるだけで3つの冠危険因子を持つことになり、心血管系疾患のリスクとして重要視されている。総コレステロール(TC)200mg/dl未満、LDLコレステロール120mg/dl未満、中性脂肪(TG)150mg/dl未満、HDLコレステロール40mg/dl以上が目標値であるが、冠危険因子の数によってコントロールの目標値はさらに厳しくなる。
A 糖尿病性腎症
糖尿病性腎症では高血糖が持続すると、糸球体細胞には大量のブドウ糖が糸球体に取り込まれて細胞の代謝異常が生じその結果、コラーゲンなどの物質が蓄積されて形態的・機能的異常を生じる。血圧調節機構が破綻しており糸球体内圧が上昇し、蛋白尿が出現する。臨床症状としては、蛋白尿、腎機能低下、高血圧、浮腫などが挙げられる。進行すると腎不全にいたる。
予防と治療には血糖管理、血圧管理、脂質管理、食事療法を行う。血糖値は空腹時血糖値110mg/dl未満、食後2時間血糖値180mg/dl未満、HbA?c6,5%未満、血圧は腎障害がない場合130/80mmHg未満、腎障害を有している場合125/75mmHg未満、脂質は総コレステロールを180mg/dl、LDLコレステロールは100mg/dl未満に保つことが推奨されている。食事療法では、塩分制限、摂取エネルギー過剰による肥満防止に重点が置かれる。腎症が進行するとカリウム制限も加わる。また早期には運動療法も有効であるが進行し腎不全期には積極的運動は行わず、体力維持程度にする。浮腫が出現した場合運動療法は禁忌となる。
B 糖尿病性神経障害
糖尿病性神経障害は三大合併症中、最も早期に出現し、最も有病率が高い合併症である。
・運動神経障害
i 遠位多発性神経障害
神経原性に筋力低下、筋委縮を起こす。
ii 近位性運動神経障害
糖尿病性筋委縮と呼ばれ、大腿四頭筋,殿筋、腸腰筋、大も内転筋、大腿外転筋などのキンイ部の筋力低下、筋委縮をきたし、中年以降に発症する。急激に発症するタイプのものは血管障害によるもので、非対称性で疼痛、感覚脱失を伴うが、予後良好である。緩徐に発症するものは代謝障害と考えられ殿部、大腿部に好発し、対称性で疼くような痛みを伴う。
iii 単神経障害
血管病変が原因と考えられ、正中神経、尺骨神経、腓骨神経、大腿神経に急激に発症し、3~6か月で軽快する。
・知覚神経障害
@ 小径線維の障害
下肢末端に始まる左右非対称の疼痛、異常感覚が生じ、徐々に上行する。疼痛が軽度の場合、冷感、しびれ、焼ける感じ、などを訴える。疼痛が重症化すると、灼熱痛、電撃痛、痙攣のような痛みを生じる。疼痛が夜間に増悪し、両足の温暖、寒冷に伴い増悪するPainful neuropathyがある。
A 大径線維の障害
アキレス腱反射の消失、振動覚、位置覚の障害が起こる。深部知覚障害、下肢腱反射の消失、電撃痛、膀胱直腸障害など高度の自律神経障害の併発を、Pseudotabes diabetesと呼ぶ。
・自律神経障害
糖尿病患者の約20~40%に合併し、無痛性心筋梗塞、突然死、腎不全を併発する。
@ 心臓神経障害
副交感神経障害により安静時頻脈、心筋から中枢への痛みの内臓知覚神経障害により無痛性心筋梗塞を生じる。突然死、QT延長の不整脈も発生しうる。
A 血管運動障害
圧受容体機能低下、血管反応低下により起立性低血圧を生じる。
B 消化器機能障害
迷走神経障害にともない、上部消化管の蠕動以上をきたす。食道では嚥下障害、胸骨下灼熱感、胃においては胃部膨満感、吐気、嘔吐などの糖尿病性腎症を呈する。胆嚢では、運動機能低下の結果、大きさが増す。下部消化管では、便秘の頻度が高いが、臨床上、下痢が問題となる。下痢は水溶性で疼痛がなく、夜間に多く血糖コントロール不良例に多く併発する。
C 膀胱機能障害
自律神経障害合併症にうち、約80%は尿路感染などの泌尿器系の障害である。神経因性膀胱は、副交感神経障害により膀胱知覚異常が起こり、尿意減少、1回排尿量増加、進行すれば排尿困難、ついには残尿量増加による充満失禁にいたる。
D 生殖機能増加
50歳代男性の糖尿病患者の約半数に勃起不全がみられる。
E 瞳孔異常
交感神経障害により暗所での瞳孔拡大障害、瞳孔の左右不均等や縮瞳をみる。副交感神経障害により対光反射遅延、輻輳反射の減弱をみる。
F 体温調節異常
交感神経障害により熱刺激に対する血管拡張、血流増加が減弱する。発汗減少・低下は下腿によく認められ、上半身は発汗過多を示す例がある。食事開始後、数秒以内に著明発汗をきたす例を味覚発汗という。
○急性合併症
・糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)
DKAはインスリン作用の欠乏により生じる高度の代謝失調状態である。インスリン作用の極度の低下、インスリン拮抗ホルモンであるグルカゴン、カテコールアミン、成長ホルモンの過剰により、糖利用の低下、脂肪分解の亢進が起こり、高血糖と遊離脂肪酸血症を招来する。遊離脂肪酸はインスリン欠乏下の肝では急速な酸化を受け、ケトン体を生ずる。高ケトン体血症が体液の緩衝作用を凌駕した結果起こったアシドーシスと脱水がDKAの本体であり、重症例では昏睡となる。
@ 病態
糖尿病により増加した遊離脂肪酸から生成されたケトン体が過剰に蓄積すると、血液緩衝能を超え、血液の酸性化を起こす。pHは必ずしも血糖値とは相関しないため、血糖値がそれほど高くないケトアシドーシスも存在する。
インスリン欠乏は細胞膜Na-K ATPase活性低下を起こし、K欠乏となる。DKAではNaやPの欠乏も見られる。水分欠乏量は100ml/kg体重、K欠乏は5mEq/kg、Na欠乏は10mEq/kg程度とされる。
本病態は、1型糖尿病発症時のほか、1型糖尿病患者で摂食不良でインスリン注射を中断した場合や、感染、重篤な全身性疾患、脳血管障害、心血管障害などを契機に起こる場合がほとんどである。注意すべきは2型糖尿病で、清涼飲料水によるケトアシドーシス(ソフトドリンクアシドーシス)が見られることがあるので、水分補給時には注意が必要である。
A 臨床症状
意識障害、呼吸異常、消化器症状、脱水症状を認め、呼気のケトン臭、クスマウル大呼吸が特徴的である。クスマウル大呼吸はアシドーシスに対する呼吸中枢の抑制とアシドーシスに対する代償性の刺激によって起こる大きく深い呼吸である。消化器症状は嘔吐、腹痛などであり、嘔吐は電解質異常を助長する。
B 治療
輸液とインスリン投与による脱水、高浸透圧、アシドーシスの補正を行う。
輸液量は最初の2~3時間で2〜3Lを補い、以後は速度を半分にして、尿量を見ながら輸液量を調節する。Na濃度が155mEq以上の場合に1/2生食を注入するが,NAが低下すれば通常の生食に戻す。
ケトン体の合成を抑制するためにはインスリンの持続投与が必要であるが、現在は時間当たり5~10単位の速効性インスリンを投与する。
急激な浸透圧低下は脳浮腫を起こし致命的となることがあるため、急激な血糖低下、浸透圧低下は避けるべきである。意識レベルの再増悪等により脳浮腫の存在が疑われたら緊急にCTやMRI検査を行い、マニトール投与を開始する。
A 冠動脈疾患
糖尿病の合併症の多くは冠動脈疾患に基づく心血管系の異常、うっ血性心不全、高血圧、腎不全に関連している。糖尿病は冠動脈疾患の独立した危険因子であり、冠動脈疾患は成人糖尿病患者の死亡原因第1位を占め、非糖尿病患者の約3倍といわれている。
糖尿病に合併した冠動脈疾患の特徴として@無痛性発症の心筋梗塞が多い、A心筋梗塞急性期のポンプ失調症が多く、死亡率が高い、B冠動脈疾患の長期予後は不良である、C無症候性心筋虚血が多い、Dびまん性・末梢冠動脈病変が多く、しばしば冠血行再建が困難であることなどが挙げられる。
A ペン
ペン型注射器にカートリッジを装着するタイプとペン型の使い捨てタイプがある。カートリッジ式の場合カートリッジと使用する注射器の適応に注意する。バイアルからインスリンを吸引する必要がなく、携帯に便利であり、針も細く痛みがあまりないなどの利点がある。最近はこのタイプが主流。特にインスリン頻回投与法などに適している。
B ポンプ
腹壁皮下に留置した翼状針を用いて、体外のインスリン注入器(インスリンポンプ)より超高速型、あるいは速効型インスリン製剤を24時間持続的に投与する。インスリン持続皮下注入法という。ラインがあるためPT時とトランスファーなどには特に注意が必要となる。
C 人口膵島
内因性のインスリン分泌が高度に障害されている糖尿病患者において、長期間良好な血糖コントロールを得ようと開発されつつあるが、現在研究段階。
D 連続血糖モニタリング(CBGM)
現在、米国では皮下組織に刺入したモニター針により24時間の連続的な血糖コントロール可能となっている。日本でも使用例が増えており、思わぬ時刻の低血糖・高血糖がチェックでき非常に有用である。
・食事療法の原則
@ 適正な総エネルギー量の食事
食事の量の問題である。標準体重を保ち、社会生活をおくる上で必要最小限のエネルギー量とする。肥満の是正が特に重要とされる。
A バランスの良い食事
炭水化物、蛋白質、脂質の三大栄養素の適正配分と同時にビタミン・ミネラルといった微量栄養素や食物繊維が不足しないようにすることが必要である。
B 合併症を防ぐための食事
血糖コントロールに役立つだけでなく、高血圧や高脂血症あるいは腎症予防にも通じる食事であることが期待される。そのためには、栄養素の量だけでなく質にも注意する必要がある。
C 規則正しい食事時間
薬物療法を行っている場合、低血糖防止のためにも規則正しい生活が重要である。また食後の高血糖を抑えるには、よく噛んでゆっくり食べることが大切である。一度にたくさん食べるような食事は避ける必要がある。
D 生涯にわたってつづけられる食事
何より大切なのは続けられる食事療法であることである。患者にとって食べる楽しみを持ちつつ、養生のできる、無理のないものでなければ食事療法を続けることは難しい。
A 蛋白質
蛋白質の摂取は腎症に対する影響を十分に考慮する必要がある。糖尿病性腎症に対しては多くの場合、蛋白制限が行われる。
しかし、蛋白質制限下で十分なエネルギー摂取を確保しようとすると、比較的高脂肪食となる。このことが糖・脂質代謝に悪影響を与えることを考慮して献立を作成する必要がある。現在日本では1.0~1.2g/体重が適正とされている。
B 脂肪
脂肪摂取の多いものから耐糖能障害ならびに糖尿病発症率が優位に高いことが、疫学的調査によって明らかにされている。脂肪からのエネルギー摂取比は25%を超えないように勧告されている。近年日本の若者の食が欧米化するにつれ脂肪摂取量が増加していることが危惧されている。
脂肪摂取量の制限(エネルギー比25%以下)、飽和脂肪酸(動物性)・一過不飽和脂肪酸(植物性)・多価不飽和脂肪酸(魚類)の比率を1:1.5:1にするなどの改善が必要である。
C ビタミン・ミネラル
三大栄養素とエネルギー摂取にのみ目を向けていると、ビタミンやミネラルの摂取量に不足をきたすことがあり注意がひつようである。
糖尿病では尿中カルシウム排泄量が増大するためカルシウムバランスが負に傾きやすい。実際、糖尿病患者では骨減少を」きたす率が非糖尿病に対し3倍も高いとされている。マグネシウムやその他のミネラル、微量元素についても、不足しないように注意が必要である。
D アルコール類
アルコール1gは約7kcalのエネルギーの燃焼エネルギーを有する。糖尿病患者のアルコール摂取はしばしば食事療法の乱れる原因となるため禁酒が望ましいが、一定の条件下で許可されることがある。アルコールを追加しても他の栄養素を減じてはいけない。摂取量は一日2単位までとする。アルコールは肝の糖新生を抑制し低血糖の誘発因子となるため、薬物療法中の糖尿病患者では特に注意が必要である。